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赤いジャージ6話目、どうぞ!
第六話
フミトとの出会いから二日が過ぎて、理子は漸く松葉杖なしで歩けるようになった。まだ足首の包帯は取れないが、走ったり跳んだりという激しい運動が禁じられているだけで、日常生活においては差し支えない程度まで回復してきている。この調子ならば十日後の体育祭には間に合うだろう。
下駄箱に靴を入れながら校内を見回せば、そわそわと落ち着かない雰囲気がひしひしと伝わってきた。体育祭は三年生にとっては受験勉強のストレスを発散するよい機会である。一方、下級にあたる一、二年生にとっては専ら窮屈な校則に縛られた日々から解放される一時である。生徒が浮き足立つのは無理も無いことだった。
なんとなく自分もうきうきした気分になって教室に向かうと、先に着いていた恵に背中をぽんと叩かれた。
「や、松葉杖生活卒業おめでとう!」
「恵」
軽く放たれたお祝いの言葉に理子は笑みを零した。
この友人は気楽なお調子者のように見えるが、その実かなり情に厚い。理子が捻挫をしたときには保険医に先に帰るよう促されたのにもかかわらず彼女の両親が迎えに来るまで寄り添っていたし、怪我した彼女を強く非難したクラスの男子生徒には臆面なく食って掛かっていった。移動教室や掃除では松葉杖を抱えて動きづらい彼女を率先して手助けをしてくれた。
今の軽い口調も怪我を気にすることのないようにと配慮してのことだろう。
「本当にありがとう」
「まあ、友達だからね。駅前の喫茶店のケーキでチャラにしといてあげる」
「分かったわよ」
にんまりと笑う友人に苦笑しながら、理子は自分の席に座った。恵もその隣に腰掛ける。
「ところでさ、この間の怪談話なんだけど」
「ああ、あの赤いジャージを着た幽霊の?」
三日前の朝の会話を思い出して問い返すと、恵はいやに真剣な顔つきで頷いた。
「あれさ、何か実話らしいよ」
「また、『らしい』なの?」
中途半端な言い方をする友人に顔をしかめる。だが、恵は本気らしく、理子の方に椅子を近づけて、声を潜めて言う。
「それがね、名前は分からないんだけどどうも昔陸上部にいた子がそうらしいの。その子、選抜リレーの選手のアンカーに選ばれるほど足が速かったんだけど、体育祭前に大怪我して出られなくなって自殺したんだって」
「アンカーってことは三年生?」
選抜リレーのアンカーは三年生の男子が努める。そう知ってはいたが念のため訊いてみると恵は即座に頷いた。
「まあ、自殺の原因はいじめじゃなくて自責の念に駆られてらしいけど。責任感の強い人だったみたい」
体育祭では昔から学校を縦に二分して紅白二つのチームを作る。実力が平均的にならず極端な差が出てしまうのを防ぐのがその理由だ。
両者は賞杯をかけて戦いあう。本番では一部の競技を除き全てが得点の対象になるが、なかでも古くからある選抜リレーはプログラムのオオトリを飾る競技で勝ち得る得点も高いのだ。このリレーの結果が勝負を決めるといっても過言ではない。事実、直前まで勝っていたのに、リレーに負けて最終的な勝利を逃した例はかなりある。
理子はまだ二年生であるし、女子でもあるのでその大役は回っては来ない。それでも周りからの期待という名のプレッシャーは重く、一時は心を押しつぶされてしまいそうになったくらいである。アンカーになる予定だったその男子生徒にかかっていた重圧はいかほどだったのか、図り知ることはできない。
「でも確か陸上部は青いジャージじゃなかったっけ? 恵もこの間着てたでしょう」
校庭を駆ける友人の姿を思い出しながら、理子は答えた。途端に恵の顔が曇る。陸上部でありながら出られないのを気にしていたのだ。
ごめんと小さく謝ると、恵は少し顔を赤くしながら謝り返した。
「ごめん。理子のせいじゃないよ。気持ちの整理をつけていない私がいけないの。幅跳びが専門なのに悔しがるのも変だしね」
二人の間にできた微妙な空気を恵は咳払いで払って続ける。
「で、自殺があったから変えたらしいよ。その三年生、首を切って自殺してて、赤いジャージに大量の血がついておぞましい様になってたみたい。発見した部活動の仲間の心情を学校側が配慮して、今の青いのにしたのが本当のところ」
「成程ね」
そこまで話したところで前方のドアから担任の教師が入ってきたので、恵が元の席に戻った。理子もまた前を向く。騒々しかった教室内が少し落ち着く。
「まず、みんなに悪いお知らせです。昨夜、通り魔が近くの公園に現れ、うちの学校の生徒が切り付けられました」
四角い眼鏡がトレードマークの担任教師は神妙な表情をして報告した。刹那、クラス中にどよめきが広がる。
今まで通り魔事件は学校の近くで起きていたがいずれも自分の学校の生徒が被害者になったことは無かった。懸念されていたことが現実になったのだ。
「犯人は十七、八の男で赤い服を着ていたそうです」
赤い、服?
担任の言葉に理子は驚いた。ここ最近何かにつけて赤という言葉を聞く。しかも、みな服つながりだ。
そういえばフミトさんも赤着てたよね。
その事実に気付いた瞬間、彼を幽霊だと思ったときとは別の恐怖が湧き上がった。そう、とらえどころの無い恐怖ではなく、今現実に存在するはっきりとした恐怖だ。
まさか――。
「今までは自己防衛に任せてきましたが、これ以上は危険ということで今日以降放課後の体育祭練習は中止になります。できるだけ明るいうちに何人かで連れ立って帰るようにしてください」
担任は厳しい口調でそう言い放ったが、理子には聞えていなかった。
今日はここまで。それではまた次回。
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