赤いジャージの第2話です。
 題名が思いつかないのですが、おおよその展開は決まりました。ただラストが二種類浮かんでいてベタに落とすか、それとも意外な形で落とすか迷っています。どっちにしろ赤いジャージの意味は大して変わらないのですが。本来なら意外な方を選択するべきなのですが、このサイト上で書いていいものかどうか悩んでいます。
 では2話目、どうぞ。
 
 
 第二話
 
 一旦自分の教室へ引き返し鞄を肩にかけると、理子は蛍光灯に照らされた廊下を走った。教師に見つかれば間違いなくお咎めを食らうがそうは言ってられない。自転車に乗っているとはいえ、暗い中を帰るのは気味が悪い。特に最近学校近辺で立て続けに刃物らしきものを持った不審者が現われているので不安なのだ。教師から聞いた話によると、重傷者が出ているらしい。
 廊下を曲がり階段を駆け下りる。だが焦っていたのが悪かったのか、数段で踊り場というところで足を踏み外してしまった。体が軽く宙に浮いて鞄が飛ぶ。理子は何とか手すりを掴んで床に倒れこむのを防いだ。
「危なかった」
 胸の中で激しく動悸する心臓の音を聴きながら、理子はゆっくりと手摺を支えにして立ち上がった。途端に左の足首が痛みを訴える。どうやら、床に激突するのは避けることはできたが、軽く捻挫してしまったらしい。
 仕方なく左足に体重をかけないように右足一本で立つと、踊り場をけんけんで進んだ。放り出された鞄を上手く拾って壁に手をついて体のバランスをとる。松葉杖をついているような感じで右足と左手を使って壁伝いに歩き、ちょうど階段と対面にある窓の枠のところで一休みした。
 窓が開いていたので汚れが気になったが腕をサッシの上に乗せた。壁に手をついているよりは幾ばくか楽な気になる。
 まずいなあ。
 理子は呻って渋い顔をした。試しに左の足先を床につけて力を入れるが、すぐに痛みが返ってくる。このまま自転車をこいで帰るのは難しそうだ。それどころかきちんと治療をしないとひどく腫れて、体育祭の練習に出られなくなるかもしれない。
 連日体育祭の練習が続いているので、保健室の先生はまだ残っているのだろうが、如何せんその保健室に独りで行けそうになかった。保健室はこの教室が集まっている棟の隣の一階にある。今の彼女にとって歩いていくには遠すぎる場所だ。
 どうしようか迷った理子はポケットに携帯が入っているのを思い出した。ふっと先ほど置き去りにした友人の顔が浮かぶ。だが、ばつが悪くてヘルプコールをかける気になれなかった。
 少し休めば歩けるかな。
 逡巡した挙句、理子は諦めて暫くここで足を休めることに決めた。そのまま壁を睨んでいるのも退屈なので、右腕もサッシの上に乗せて窓の外に広がる校庭を眺める。
 日が沈んでしまった後の校庭はいやに静かだった。部活や体育祭練習が終わったからだろう。器具の片づけをしている人や連れ立って帰る制服姿の一団がいる他は目立つ人影は見られなかった。
 何気なくそれらを見つめていた理子は校庭の隅の方に目立つ人影を一つ見落としていたことに気がついた。
 その男性はジャージを着て走っていた。別に珍しくもない光景だったが、唯一つその男性のジャージが燃えるような真っ赤だったのが印象的だった。

 珍しい。
 理子は走っているその男性を見ながらそう思った。
 理子の高校では、昔から体育の授業で着るジャージが指定されている。その指定ジャージの色は白いのだが、これが保護者の間ですごい不評を買っている。理由は明白で、少しの汚れでも白だと目立つ上に色が染まって落ちないとそれは悲惨な有様になってしまうからだ。だが、学校側は変える気はないらしく今も生徒は授業中渋々白いジャージを着ている。
 しかしこの白ジャージは授業時のみの指定なので、放課後体育祭の練習するときまで着る必要はないため、大概の運動部に所属する生徒は自分の部活のジャージを使っていた。野球やサッカーのユニホームのようにお揃いのジャージをオリジナルで作っている運動部は多い。ところが、この部活ごとに作られたジャージの中に赤を基本色としたジャージはないのだ。赤など一番使われそうな色なのに、この学校は捻くれものが多いのか、何処も使っていないのだ。
 だから、赤いジャージを着ている人がいるとすれば、それは中学時代に使っていたものか、自前のジャージかの二つに一つなのである。

 赤いジャージの男は理子の見ているうちに百メートルぐらいの距離を何度も走っていた。
「へえ、あの人、足速いな」
 思わず理子の口から感嘆の声が漏れた。その男のフォームは明らかに走れる人間のそれだった。不確かながらそのタイムを計ると十二秒弱ぐらいだった。かなりの好タイムということになる。
 でも、あんな人いたかしら?
 無意識のうちにその男を目で追っていた彼女はふと疑問に思って考え込んだ。
 実は理子は選抜リレーの選手に選ばれている。そのため、体育祭委員であることを利用してライバルになりそうな人間には男女問わずチェックを入れていた。だが、あんな選手はいないような気がしたのだ。
 見落としたのかな。それともリレーに出てないだけかな。
 不思議に思って見極めようと身を乗り出す。
「理子! あんたなんでこんなところにいるのよ」
 聞き慣れた声に理子は弾かれるように振り向いた。階段の上から驚いた表情で恵が自分を見ていた。
「いや、うっかり階段から落ちて捻挫しちゃって」
「馬鹿。だったら早く私を呼べばよかったじゃない」
 少し視線を逸らして小さな声で答えると、恵は怒った様子で階段を駆け下りて彼女のそばにやってきた。
「ほら、肩貸すから保健室行くよ」
「うん」
 恵の手に支えられて、理子は窓辺を離れた。だが、なんとなくあの男のことが気になり、立ち止まり窓枠の中にその姿を探した。
 暮れなずむ校庭が再びその視界に入る。しかし、そこに目立つあの赤いジャージ姿は無かった。
「あれ?」
「ほら、ぐずぐずしてると保健室の先生帰っちゃうよ」
「うん、分かっているよ」
 きっと帰ってしまったのだと思って、理子は今度こそ本当に窓から離れて歩き出した。
 
 
 
 今回はここまで。恐らくこの連載はあと4話以上かかると思います。何人の方が読んでいらっしゃるか存じませんが、完結まで今しばらくお待ちを。
 
 
 
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